坂の傾き

5/6
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
通い慣れたこの坂を登りながら、僕はあの頃を思い出していた。そしてあの頃と同じように空を仰いで、あの頃と同じように雲を追った。 気が付くと視界のほとんどを占めるのが青から緑へと変わっていて、視線を落とすとそこはあの頃と同じ場所だった。 ただ、あの頃と違うのは。 「あ、先輩って好きな人とかいないんですか?」 隣にいるそいつはぼんやりと足元に目を向けたまま尋ねた。 「いないよ。けど…気になる人ならいる、のかな。」 嘘じゃない。嘘だけど。 「あ、気になる人、いるんですね。」 そいつはそのままの視線で頷いた後、急に顔を上げて僕を見た。 「どんな人なんですか?うまくいくといいですね。」 それは、無理やり笑っているようにも見えた。 「知らない。気になるって言っても最近知り合ったばっかなんだ。だから、そいつのことは何も知らない。」 そうなんだ、とまた視線を移したその笑顔は、さっきよりも少しだけ、本当に少しだけ不自然さが取れた気がした。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!