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すぐに足音が聞こえ出し、次第に大きくなる。ツバキは緊張の面持ちで待ち構える。二人の視線は家の奥へと続く廊下に注がれており、話の中心である少年を待つ。
「呼びましたか~?」
のほほんとした感じで奥から顔を出したのはもちろんケイト。今まで鍛冶場に入っていたため、額からは多量の汗が流れている。ツバキの顔を見て一瞬考えたようだが、ツバキが誰なのか気付いた瞬間、ケイトは固まった。
が、固まったのもごくわずかな時間で、いつもの様子に戻り、カグルに何故呼び出したのかを問う。カグルは客だとしか答えない。
「えっと…ケイト?」
漸くツバキが声を発し、目の端に涙を溜めてケイトを、面影の確かに残っている彼女の息子を見る。しかし、
「はい、私がケイトですが、何か御用でしたか?」
「…え?」
ケイトの反応は冷たいものだった。
「ま、お前はそう応えるだろうな。」
呆然と立ち尽くすツバキを尻目にカグルはそう呟く。カグルの方がツバキよりもケイトを理解している。優しいケイトなら帰って来てくれると信じて疑いを持たず、長年の溝も簡単に埋まるだろうと考えていた母親のツバキと、厳しくもしっかりとした慈愛を持ってケイトに長年接していたカグル。ツバキよりも長年ケイトを見ているカグルのほうがケイトを良く理解している。
「ケイト、帰ろう?お父さんもお兄ちゃんたちも心配してるよ?」
それでもツバキは諦めない。ケイトの右手を掴んで説得する。先程よりも瞳には涙が溜まっている。
「俺はケイト。ただのケイト。姓は無い。」
そう言ってゆっくりとツバキの手を右手から放す。ケイトの口から出た家族との明確な決別だった。
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