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「お世話に…なりました。」
床すれすれまで頭を下げるケイト。涙は止まる気配が無い。
「貴方に教えを乞うことができて、本当に良かった。…この御恩は、一生忘れません。」
それから数分、頭を下げたまま動かなかったケイトだが、漸く頭を上げて立ち上がり、この部屋を後にした。彼が出ていってから数分後、アンが部屋に入ってくる。
フー、と息を吐きながらカグルの前に座り、伴侶の顔を見る。
「随分と良い死に顔をしているじゃないか。苦しくはなかったみたいだね。ケイトに鍛冶のことを全部教えられて本望だってことかい?それとも最期にあの宝剣を打てて満足でもしたのかい?
…ケイトはこれからも成長するだろうね。あたしも最期まで見ることは出来ないけど、もう少し見守ろうかと思うよ。あの子も随分と研摩が上手くなった。まだあたしには及ばんが、もう少しだ。もう教えることは全部教えた。これからは努力と経験があの子を大きくする。
だから、もう少しそっちで待っといてくれ。近いうちに土産話でも持って行くから。」
ゆっくりと立ち上がり、弱弱しく燃える蝋燭を消してからこの部屋を出た。そして、この家は静かになった。
翌日。雨は依然として降り続いている。喪服に身を包んだ者たちの姿が墓地にあった。深く掘られた穴。そこに押し込められた棺。数人の男たちがせっせとその棺に土を被せていく。穴が塞がり、土の上には墓石が乗せられた。
彼の名であるカグル・マクスウェル。そして彼の享年が刻まれるだけのシンプルな物。
皆が皆、雨に振られながら彼に黙祷を捧げた。
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