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「ハッ…ハッ…!」
彼女は森の中を走っていた。街道を走れば追手に見つかる。道なんて無い。どこに向かっているのかもわからず、ただがむしゃらに走っていた。
「ハッ…ハッ…!」
森の中を走るには、その服装は相応しくなかった。何度も躓き、転び、そのたびに服を土で汚した。底の高いヒールなんて、最初に転んだ時に壊れてしまった。それでも彼女は走ることをやめない。
「ハッ…ハッ…。」
息を整えるために、大きな木の根もとに身を隠した。服は至る所が擦り切れ、破れている。手足も擦り傷だらけだ。彼女は腕の中にある包みに視線を落とす。忌々しいそれは、布の上からでは十字の形をしていることしかわからない。
「フゥ…フゥ…。」
彼女は最近これが嫌いになった。自分の運命を決めてしまうこれを嫌いになった。しかし、彼女にとってこれは、たった一人の友との繋がりであった。一度、机に叩きつけて折ってしまおうと試みたが、心が弱かったのか、力が弱かったのか、机が欠けただけだった。彼女にはそう見えた。それが自分の運命に見えて、嫌になって、気が付いたらこれを抱えて逃げていた。友との繋がりを森の中に捨てることもできず、ただ走ってきた。
「…!……!」
野太い声が聞こえた。まだ距離はあるが、いずれ見つかる。彼女はまた走り始めた。
カァーン
耳に残る音が聞こえた。彼女の足は自然と音の方を向き、必死に足を進めた。
先程まで彼女がいた場所に、大層な甲冑を身に纏った髭面の大男と、細剣を腰に刺した女が来た。土を触り、そこに人がいた形跡を見つける。
「いったい、どこにおられるのですか…。ミラ様!」
大男は悔しそうに土を握り締めた。
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