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今回のこの自問自答、恐らくだが肯定的な答に辿り着けはしないだろう。
後戻りなんて出来ない。何が正しいかなんて分からない。そんな世の中で、今を生きなくてはならない自分がいる。
正解なんてないということは、不正解がないなどという、そんなに都合の良い話でもない。
自分の意志すらも分からなくなりそうで、不安に駆られながらも、それでも今を進まなくてはいけない。
誰かが何か凄い事をしたから、自分も同じことをしようとする。そんなことも出来るはずがなくて、自身を卑下したくなる毎日。
存在意義を自己に問うても、納得する答えも出てはこない。
何故その答えにすら辿り着けないのかと、自身を責め立てるが、もちろんその先に進歩などなく、無駄に終わる。
何をどうすれば、進めるのだろうか? それを考える事自体が、酷く滑稽なものなのかもしれない。だがそれでも、自身に意味を持ちたいと思ってしまう。
最後には無駄に終わると知りながら、この自問自答は半永久的に続いていく。終わる時は、諦めた時だろうか。それとも、僅かな答えを見出だし、信じることが出来た時だろうか。
何故、今を進む必要があるのだろうか。進むとは何なのか、どういったことなのか。
それが大きな疑問として、思考の奥の障害となっているの間違いないのだが、それは一向に解決の気配すら見せない。
その疑念を振り払うことが出来ず、その障害によってせき止められた思考の空白が違和感へと変わっていく。
完全解答は必要ないが、自身を納得させるだけの言葉が欲しい。私自身を納得させるだけの言語力、文章力、説得力、それが私が今一番欲しいものだ。
誰でもいい、どんな方法でも構わない。私を言いくるめて見せてくれ。そうなれば恐らく、私は貴方に負けたくなくなるだろう。
そうか、私に必要なのは劣等感なのかも知れない。出来ないことなら必死になれるのかもしれない。持続的な努力は苦手だ、だがそれ以上に、誰かに蔑まれるのが大嫌いだ。
そうか、成る程な。どうやら答と呼べるかは分からない代物だが、答には辿り着けたらしい。
進む目的などない。だが立ち止まるわけには行かない理由がある。だから進むのか...。
やはり、納得などは程遠い。
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