12/16
前へ
/216ページ
次へ
「…ストップウォッチ、調子悪いの?」 「……え? あ…」 美琴が、首からさげているストップウォッチを手にして、何度かカチカチと押してみる。 「……別に、普通に動く……」 「……」 やっぱり、と苦笑いする俺に対して、美琴はまだ状況を理解していない様子だ。 「こっち。 バスケ部の部室に、一個予備のがあると思うから」 「は? でも、壊れてなんて……」 「海藤がせっかく気を利かせてくれたんだから、その気持ちを有り難く頂こうよ」 「……気を、利かせて……?」 やっと意図が読めたのか、美琴は少しバツが悪そうにはにかむ。 それを見て、俺がのんびりと部室に向かって歩き出すと、美琴はすぐ後ろをついて来た。 バスケ部の部室は、体育館を挟んで、バレー部のとは反対側にある。 「はい、これ。 一応、持ってきなよ」 「……うん」 俺がストップウォッチを掲げて見せると、扉の入り口に佇んだまま部屋に入らない美琴が、眉を下げて笑った。 美琴の目の前まで戻った俺は、不意に、手をかざして見せる。 「……なに?」 「…指。 さっきから痛いんだよね」 「え、どうしたの? なんで?」 疑いもなく、美琴は思った通り、俺の手を取ると、まじまじと見つめて触れてきた。 ……ほら。 どうしてこんなに、無防備なんだろう。 さっきの、美琴にテーピングを巻かせていた男。 あいつもこうやって美琴のつむじを見下ろしていのかと思うと、妙に腹立たしい。 別に、指なんて痛くもない。 なのに人気がないのをいいことに、……分からせてやろうか、なんて思ってしまっただけで。 何気ないこの体制が、実はいかに危なっかしいかって。 「美琴」 「…ん、なに―――っ!!」 顔を上げた美琴の唇に、噛みつく。 こうして顔を上げるだけでキス出来てしまうほどの距離に、俺じゃない男を寄せ付けたんだって――、分かってもらわなきゃ、困るだろう。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29208人が本棚に入れています
本棚に追加