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夕方、4時。 既に薄暗くなり始めた外を眺めながら、俺は駅のベンチに座っていた。 ホームに電車が到着したのが見えて、携帯の音楽を止め、耳につけていたイヤホンを外す。 改札の方に目をやると、制服姿の美琴が、こちらに歩いてくるのが見えた。 「おつかれさま」 「……牧瀬?」 俺を見つけた美琴が、驚いたように目を丸くした。 「あれ? なんでこの駅にいるの?」 「海藤から聞かなかった? 解散時間教えてもらったから、待ってた」 「え、聞いてない! ていうか、いつ帰ったの? 休憩時間のとき、探したんだから…。 ……帰るなら、声かけてくれれば良かったのに…」 黙って帰られたことを拗ねているのか、美琴は唇を尖らせて尻つぼみになりながらそう言った。 目の前に立つ美琴を、座ったまま見上げた俺は、悪びれることなく笑顔を浮かべる。 「ごめんね。 こっちの勝手な理由」 「…勝手な理由?」 「うん。 それより、ねぇ、美琴」 スッ……、と、彼女に手を伸ばして、――ムギュウッ、と鼻を摘まんでやった。 「い、いひゃひゃ…!」 「この終点の駅はねぇ、美琴、痴漢に遭ったでしょ。 …帰りは一個手前の、俺の駅で降りるようにって、言ったはずだけど」 「…でも、ちゅ、ちゅかまったし……っ」 「そうだね、捕まったよね。 けどこの駅は暗いし、……さっきから、変なオヤジがうろうろしてる」 「…っ、うそ…」 サーッと顔が青ざめていく美琴を見て、手を放す。 立ち上がり、美琴を引き寄せるようにして、髪を撫でた。 「過敏に怖がる必要はないと思うけど……、用心しといてくれなきゃ、困る」 「……うん」 「帰ろ。 ていうか、公園行こう」 美琴の鞄を取って、手を握る。 俺を見上げた美琴が、安心したように笑顔を見せた。 ……こうしていつもみたいに二人きりになれば、ちょっとは気がすむかなって、思ってたけど。 実際は、そうでもないらしい。 美琴の笑顔の奥に、…神宮の顔がちらついてしまって。 俺はそれから目を逸らすように、歩き始めた。
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