見切り発車のギャンブル

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「探したよ」 そう思案していると、徐々に男がこちらへ近づいてきた。 変な緊張が走ったが、男は僕をスルーして笑夏のもとへ一直線。 どうやら、僕のことは眼中に無さそうだ。 「突然引っ越していたんだもの。見つけるのに苦労したよ」 馴れ馴れしく彼女へ話しかける男。 一方笑夏は、見ただけでわかるほど完全に警戒している。 僕の時には見せなかった反応だ。 とすると、僕のことは覚えていてくれたのか? そうでなければ、きっとあのとき、彼女はいまと同じ反応を示していただろうし、そうなんだろう。 そう思うと、なんだか嬉しいな。 「……君は?」 おっと、眼中に無かったわけではないのか。 急に、その細い瞳で僕を見て、男はそう問うてきた。 「彼女の昔馴染みだ」 「へぇ……そんな男いたんだ」 …………どういうことだ? 男のその口ぶりでは、まるでこいつは、笑夏の交際相手のように感じるぞ? だが、いまの彼女のことを考えると、そんな関係になる男はいないように感じるのだが……。 「覚えてない? 俺だよ、溝口 冬矢(ミゾグチ トウヤ)」 男は、自ら名を明かした。 すると笑夏は、心当たりがあったのか固まった。 「びっくりした? 帰ってきたんだよ、日本に」 彼女のその様子を見た男は、満足げにその細目をさらに細くして笑んだ。 「……俺ね、笑夏ちゃんの許嫁なの」 「え……許嫁?」 そして、僕を見下すように視線を送り、そう言ってきた。 「そう。将来のお婿さん」 そんなことくらいは知っている。 バカにされた気分だ。 「だから、君のチャンスはゼロ。じゃ俺、笑夏ちゃんと二人で話がしたいから、お邪魔虫はご退場いただこうか」 まるで僕を嘲笑するかのような発言。 だが僕に、言い返せるほどの根性は無かった。 僕は、おとなしく自分の家に帰っていった。  
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