無意味となった大博打

3/5
前へ
/32ページ
次へ
“俺ね、笑夏ちゃんの許嫁なの” 頭のなかで、あの男が嘲笑い、僕を見下してくる。 あれから三日経っても尚、あのセリフが反芻し、心が苦しくなる。 「……クソッ! 僕は何もしていないのに、勝ったように見下しやがって!」 このところ、こんな怒りばかりが僕を支配してくる。抑えきれないんだ。 「……はぁ。なにやっているんだ、僕は……」 そして自分に呆れ、ベッドに身を投げる。 僕は彼女を祝福するべきなんだ。 将来を約束した男が、彼女の前に戻ってきたのだから。 それは何一つおかしくないんだ。 ……なのに。 なのに、僕はずっと怒ってばかり。 何がしたいんだ? どうして僕は、こうもアイツに怒っているんだ? ……どうしてこんなに、胸が痛いんだ? 「……わからない。わからない……わからない……!」 もどかしい。ツラい。 素直に祝ってあげられない。心のどこかで、事実を否定している。 そんな自分がいることが……もどかしい。 「……外、行こうかな」 そうだ、することもなくボーッとしているから、余計に頭が働いてアイツの言葉を思い出させるんだ。 だったら、気分を変えるためにも動いた方がいい。 ふと見た空は清々しい快晴。 涼風の入り込む窓からは、五月蝿いセミたちの鳴き声も入り込んでくる。 ギンギンと鳴るそれらは、心なしか、僕を呼んでいるようにも聞こえる。 ……呼ばれてみるのも、ひとつの手段か。 僕はからだを起こし、ケータイと財布を備えて、家を出た。 中と外を隔てる、たった一枚の板を開くだけで、熱気とまぶしい日差しが僕を包み込む。 そういえば今日は、真夏日と言われていたな。 隣の、彼女の家をできるだけ見ないようにして、僕は歩き出した。 少し歩くだけで、さっそく汗がにじんでくる。 でも、ときおり吹く涼しい風がいっそう心地よく感じられ、気持ちがいい。 騒がしいセミたちはさらに五月蝿く、照りつける日差しはさらに路面を焼く。 無心で、目的も無しに歩いていく僕は、周りにとってはどのように映っているのか。 あるいはただの通行人A、あるいは気にもされないただの風景のひとつ。真っ先に思い付くのはそれら。 赤の他人とまるで接しようとしない臆病な日本人。考え方などワンパターン……か。  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加