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気付けば、以前彼女と歩いた川原に来ていた。
周囲の温度は微々たるながらも下がり、せせらぐ川の清らかな音は、乾いた僕の心を潤していく。
この風景は僕を受け入れてくれる。
僕はこのせせらぎに促されるように、斜面へと座り込んだ。
それからどれだけそうしていただろう。
気が付くと、いつのまにか日は暮れ、空は美しい朱色に染まっていた。
気温は下がり、いるだけで気持ちがいい空間と化していた。
「……18時か」
ケータイの時計は、夕刻と夜の境目。実に微妙な時間を示していた。
そろそろ帰ろうか。そう思い始めていたときだった。
「やあ」
背後から話しかけられた。
振り向くと、あの男……溝口、だったか。そいつがおり、その数歩うしろには、笑夏もいた。
「僕はおまえにも彼女にも用はない。自慢でもしたいのなら、僕じゃなくておまえの友人にしてくれ」
「冷たいこと言うねぇ。君に無くても、俺にはあるの」
「あいにく、僕に静聴するという選択肢はないんだ。僕は帰りたい」
嫌だった。
この男を……そして、当たり前のようにコイツにくっついて歩いている、彼女を見ることが。
僕は、彼女らに背を向けて進もうとした。
「逃げちゃうの?」
「ッ───!?」
足を止めざるを得なかった。
「けっこう長いことここに居たのに、俺たちが来たからって逃げちゃうの? 臆病なんだねぇ?」
「何が言いたい!」
「───フフッ」
挑発するようなその口振り。
怒りを抑えられず、僕は怒鳴った。
しかし溝口の反応は、ほくそ笑んだだけだった。
「君に、チャンスをあげようかなって」
「……何?」
「わかりやすく言えば……笑夏ちゃんを対象とした───賭け、ギャンブル」
ニヤリとする溝口。
そのまま、饒舌にこう続けた。
「この時期に好まれるアウトドア、水泳。それで、一本勝負をしよう。勝ったものには、次の日曜日に開催される夏祭りに笑夏ちゃんと一緒に行けて、告白できる権利を贈呈。負けたら、その様子を目の前で見て……笑夏ちゃんの前から消える。まさしく、ギャンブルだ」
……笑夏を賭けた、一本勝負。
勝っても負けても一度きり。リトライは決して許されない。
「なお種目は、100mの自由型。……どうだい? 受けるかい?」
得意気に僕へ問いかける溝口。よほど自信があるのか。
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