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“君に笑顔を取り戻させてやる。必ずな”
僕は確かに、そう宣言した。
だが、うつつを抜かして愚かなことを言ったと、いまでは後悔があとを絶たない。
なぜならば。
僕はまったく後先を考えておらず、どのようにして彼女に笑顔を取り戻させるのかまったくの不明。平たく言えば無計画、ノープラン。
完全に見切り発車となってしまった。
あの宣言から二日が明けたが、いっこうに打開策は思い付かない。
だが言ってしまったことは取り返せない。
とにかくやれるだけやってみようと、僕は意を決して彼女を散歩に連れ出した。
「どうだ、気持ちが良いか?」
反応は無い。そんなことわかりきってはいたがな。
「こうして二人で歩くのは、実に何年ぶりなんだろうな。そういえば、川沿いではいつも追いかけっこをしたり、今日のような夏場は川の水を掛け合ったりとしたな。懐かしい」
そんなことをいまやれば、間違いなく僕は収監されるがな。
「どれほど無意味な外出でも、ちょっと見方を変えれば優雅になるものだな」
けたたましく響き渡る、セミの鳴き声。
照りつける太陽は当然暑く、それは路面を焼いていく。
横に耳を澄ましてみれば、川の涼やかなせせらぎ、魚の跳ねる水音。
これほど日課が心地良く感じるのは、本当に久しぶりだ。
「暑いか?」
そう呑気に心地良さに酔いしれていると、彼女はてのひらで作られた、あまり意味を成さない扇で自らを扇いでいた。
しかし、訊ねたところで返事は返ってこない。わかりきった展開だ。
「かき氷でも食べようか。奢るから」
だからこそ、その様子を踏まえての提案。
静かな彼女を連れてやってきたのは、やはり昔、彼女と来た覚えのある小さな出店。
住宅街のなかにひっそりとあるここは、ご近所さんしか知らないような穴場。
嬉しいことに室内で食べることもできるから、涼むには最適な場所だ。
「おばちゃん、ブルーハワイと───」
確か彼女は、いちごが大好きだったな。
「───いちご、ひとつずつね」
そう言いながら、僕は彼女を向かいに誘導、着席させた。
僕は、当然その向かいへ着席する。
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