離昇

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離昇

 「何機でもいい!」  「回せ!!」  基地司令は叫んだ。  隊内電話をつかむ。  「行けるか?」飛行監督官に聞く。  「行けます! 重戦9機、突撃機6機上げて見せます。」  「頼んだぞ!」  基地司令は心底焦っていた、先のB29の編隊は囮だったのだ。  『アメ公め50機のB29 を囮に使うとは……。』  松戸、柏の近隣基地も航空隊を、帝都方面へあらかた上げてしまった。やつらは我が方の戦力誘引が目的、逃げ足を軽くする為に、爆装もしていないに違いない。他基地の航空隊は当てにならない。この基地の戦力で切り抜けるしかない!  今度の編隊の目標はほかならぬ、帝国空軍最重要施設、千葉県の、この市原航空基地だ!!  近海の監視艦(ピケット艦)から、目視での警報が打電されていた。急を要するモールス信号は、暗号化されてない平文だった。  [B29侵入セリ 機数80ナイシ100 高度500 護衛戦闘機多数ナリテ計測不能]  受電内容を見た基地司令は、心底、冷や汗をかいた。  目下の敵は八丈島電探(レーダー)を可能な限り避けるために、硫黄島から低空でB29 を飛ばして来たのだろう、本来なら1万m以上の高空の成層圏が住処の戦略爆撃機を低空で運用するとは、奴らも本気だ!  接敵まで20分、本基地到達まで25分というところか…。  此処、市原基地は特殊な飛行場を有する。通常の土を押し固めた平地の滑走路とは違うのだ。重砲でも持って来ない限り破壊できない、ベトンで打ち固められたとしての滑走路が作られていた。  その堅牢な滑走路は、より奇異な事に、発進専用と帰還用の2種類が作られていた。通常の飛行基地では、1本の滑走路で全てやりくりしていたのだから、なんとも贅沢な作りであろうか……。  中央部の発進用滑走路は南向きに扇型に3本。  両脇に2本ずつ配置されている滑走路は主に着陸用だ。  つまり、計7本の滑走路を有している広大な基地であり、帝都防空の要となる要塞基地なのだ。  緊急発進のサイレンが鳴る! [射出機(カタパルト)発進位置へ]の合図だ。  作業員が手旗で指示を搭乗員に伝える。  地下格納庫からカタパルト後方のエレベーターが、くすんだ灰色に塗られた機体を迫り上げる。  敵からの発見を遅らせる為に、天空の背景に溶け込ませる機体色は、地味だ。  国際法上、どの国の軍隊か明示する必要がある、識別表示(ひのまる)も暗く薄く光の反射を抑えている。  物資不足を補う為に採用された、金属分を取り除いて作られた塗料は、機体に愛をもって整備にあたる(つわもの)達の丹念な清掃で、簡単に剝げ落ちる。  空軍採用の塗料は陸海軍と違い、比重が軽く作られている。たかが塗料といえども機体全部に塗れば相応な重さになる。飛ぶ以上それは無視できない問題だ。  ただ、不思議なことに新型塗料に代わってから、無線機の調子が良くなった。  「カタパルト1号から3号まで、順次射出!」吠える飛行監督官。    手際の良い作業員の手により、首輪(ノーズギア)の固定具とカタパルトの射出具が連結される。  要撃任務の戦闘機は機体後部についた2機の発動機(エンジン)を限界回転数まで回す。  これが、帝国空軍の主力機体、先尾翼(エンテ式)の双発複座の重戦闘機【轟電(ごうでん)】だ!           帝国空軍主力要撃機轟電、2基あるエンジンの1基あたり6翅のプロペラは、空中での運動性能の低下を嫌って干渉ギリギリまで機体中央部に寄せて配置され、駆動する左右のエンジンは、右と左で回転方向を逆にして使用する。  左のエンジンは後ろから見ると時計回り、右のエンジンは反時計回りというように。  これは強大なプロペラ反力(カウンタートルク)を相殺するためだ。  プロペラ機はすべからく、回転体(プロペラ)の慣性により、回転方向の逆向きに機体を回す反力が発生してしまう。  特に先尾翼の機体はエンジンの後ろに胴体が無い分、通常型の機体のように垂直尾翼にプロペラで加速した後流を当てて、力を御することができないので、反力の影響が大きいのだ。  しかし、エンジンを左右反回転させられる双発の轟電は反力を完全に相殺する、だから先尾翼配置の運動性能、高速特性の恩恵を最大限に受けられるのだ!  轟音爆風! カタパルト射出!!!!  全長50m、前代未聞の規模の大型火薬式カタパルトは、3度の迎角をつけて機体を打ち出す。    激しい加速が、搭乗員達の身体を座席に押し付ける。  古参(ベテラン)の搭乗員であっても、射出される時の加速度で、自分の意に反して胃の内容物を口まで押し上げられる感覚は、何度経験しても慣れる事は無かった。  轟電は左右合せて4200馬力の【ハ43-11ル】エンジンを唸らせて、すぐに離昇速度を超え、機首を上げ空気を捉える。  続けざまに、2番機、3番機を打ち上げるカタパルト。これを後2回繰り返すのだ!  最初に上がった編隊長機である1番機の操縦士(編隊長)は、急上昇をしつつ、機体を緩やかに回転(ロール)させ、背面飛行をしながら、発進した基地を一瞥(いちべつ)する。  『まるで地上の航空母艦だな……。』  理由を知ってる後席の航空機関士(ナビゲーター)には、帰投後に必ず笑われるのだが、この景色が見納めかもしれない不安に突き動かされて、発進の度に行ってしまうのだ。  編隊長の双眸(二つの目)に映るは、苦楽を共にする仲間が居る市原航空基地(我が家)。  必ずB29から守りぬく決意を新たに、春の陽光が包む澄み切った大空へ轟電は駆けた!          
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