愛を知るということ

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医療棟2階に高等部が専用として使う 医務室がある。葉瑠はその扉の前で 中から聞こえる帝の涙声に胸を痛めた。 「怪我……、しちょるね」 葉瑠が来る前から医務室前で待っていた 悟と宏幸もまた壁に背を預け中から 聞こえる話に耳を傾けている。 「絡まれていましたから」 医務室の中では先生が不在の為、 帝が2人の手当てをしていた。 頭と腕に包帯を巻いた柳斗は、タバコに 火を移しテラス側の窓際でふぅ~っと 外に向かい白い息を吐いた。 「執行部は手を出したら退学処分になる けん、喧嘩禁止だの何かあったら逃げろ 言ったんっち」 消毒液を染み込ませた綿で頬にある 傷口に塗り付ける。 「それは時と場合によるでしょう? 手を出した奴が悪いとは言え一般生徒が 絡まれていては見過ごせません。それに 会長も手を出していましたし、今回は 不問になりますよ。」 ポーカーフェイスを若干崩しながらも 康介は単調に返答していく。 「分からんとよ!?」 ポタポタ流す涙を見ていられなくて、 指で拭い、耳に唇を寄せ 「大丈夫だと私が言っているんです」 低音で囁くと、器具を置いて袖で涙を 拭い「じゃ大丈夫だっちね」とやっと 笑顔になった。 笑い声が外まで聞こえてくると、 葉瑠はそのまま喧嘩部の部室に 歩みを進めた。 「消毒していかないのか?」 扉を挟んで待っていた宏幸が葉瑠の腕を 掴み止まらせる。 「いくら僕でも邪魔はできんとよ。帝、 笑っとるし……」   今にも泣きそうな葉瑠。 幼い時から大好きだよと笑い合った 自分達はもう存在しない現実に 打ちのめされていた。   他者と触れ合い、互いに支え合う。   極道の後ろ楯はそれらを全て一掃させ、 寄り付かなかった。家に誰かが遊びに 来てくれた事も一度もない。 他人なんて信用できないと双子として、 家族として、築き上げた絆はいつしか 互いの存在を特別な者へと変わり、 交わる事で同じ場所まで堕ちていくなら 構わないと思っていた葉瑠。だけど、 帝は違っていた。 手を伸ばしたのだ、柳斗や康介へ。 周りに笑顔を向けるようになり、 いつしか友人や親友を作り始めた。 悪い事だと決めつけるつもりはない、 寧ろそれが普通なんだ。分かっている。 理解してる。だけど、許せないのだ。 生まれる前から葉瑠は帝と2人だけの 世界に居た。だけど、その聖地に他者が 入り込み、帝の手を引き連れ去ろうと している。そんな事、堪えられない。
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