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宛名以外には何も書かれていない小さ目の封筒。幻想小説などで見られるような、蝋で封をされている珍しいタイプだ。印璽(いんじ)は無い。
固まった蝋は僅かな力であっさりと砕け、若干軽くなった封筒から中身を取り出す。何重にも折り畳まれたA4サイズの紙片が便箋の代わりだった。
滑らかな手触りのそれを開いていく。
この大きさの紙を用意する必要は無かっただろう。そう思えるほど手紙の内容は簡潔だった。中央部に一行だけ。
『十二月八日。深夜一時に屋上にて』
驚きは無かった。簡素な文面の割りに小さな、それも少女のような丸文字には見覚えがあったし、時代錯誤な……言い方を変えれば古風な手紙を寄越すような知り合いは一人しか居ない。
直接投函したのは封蝋が途中で砕ける事を防ぎたかったのか、いや違うだろう。宛名以外に何も書かない方が不思議で面白いからだ。そういう人間だ。良く言えば天才肌のリーダー気質。悪く言えば、というか俺の中ではただの友人が少ない変人だ。
手紙を折り畳んで封筒に戻す。再び蝋で固めるのは面倒だし時間が掛かる。テレビ台の棚からセロファンを取り出してそれで留めた。
ホームルームの十五分前に学校に到着する。七時三十分発の電車に揺られること二十分。学校までの二十数分を歩けば教室だ。
大都会の方では旧校舎と呼ばれても納得出来てしまうような古い建て付け。未だに木造の校舎は、二年と半年以上通いつめた愛しき学び舎だ。
板張りの床がギシギシと音を立てるのも心地好く、窓枠が歪んで鍵が動かなくなった開かずの窓は幾つも在る。キュルキュルと音を立てる教室の扉を滑らせた。
「はよっす」
我ながら端折り過ぎた挨拶だと思うが、これでもクラスの男女数名が挨拶を返してくれる。深窓の令嬢よろしく、窓の外をぼんやりと眺める級友にも声を掛けた。
「おはよ。あの手紙はやっぱり部活絡みか?」
「少年か。早いな」
俺の質問には答えずに、ゆっくりと振り向いて微笑を浮かべる。いつも通りだろ。という、これまたいつも通りの遣り取りの後に漸く俺の質問への返答があった。
「部活以外でワタシが少年に手紙を書く理由があるのか?」
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