自由科学部の活動日誌

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   呑み込まれそうな黒瞳が言外に『無いだろう?』と嘲笑しているように見える。コイツが俺を少年と呼ぶのは、俺が早生まれで年齢が一つ下なせいだ。決して背が低い事を揶揄している訳ではない。絶対に。 「無いな。あれば逆に気持ち悪い。それで、十二月八日の深夜一時って今日でいいのか?」 「ああ。十二月八日の二十五時と書いた方が分かり易かったか?」  どちらでも構わなかった。こうして毎日のように顔を突き合わせているんだ。直接尋ねれば話は済む。  俺は彼女の前の席に腰を下ろして、合成皮革の赤茶けた色調の鞄を机に掛けた。こうして毎日意味の無い会話で時間を潰すのだ。 「夜中の学校で何をするんだ?」  手紙にあった屋上とは、八割がた学校の屋上だろうと見当を付けていた。俺が所属する部活。コイツは自由科学部だと言い張っているが、正式には『自由科学同好会』という。自由科学同好会の活動は主に校内で行われる。  極稀に無賃乗車が出来る駅を調べるといった校外での活動も行うが、片田舎の駅なんて殆どが無人だ。五割強の割合で無賃乗車は可能だった。  何の気なしに尋ねた俺に彼女は自信に満ち溢れた表情で告げた。 「時空間跳躍――つまりはタイムリープだ!」  夢見る少女のように瞳を輝かせる姿は、なかなか女性らしくて綺麗なのだが、言っている事は本当に夢のような話だった。もはや妄想の類と言っても過言ではない。  変人が黒髪ストレートで歩いているようなモノだ。コイツは馬鹿げた話を大真面目に語り、俺はそれに付き合わされる。自由科学同好会が未だに部活として認められないのは、コイツの奇天烈な発想に誰も付いて来られないからだ。 「それは無理だろう」 「そんな事はない。ワタシの理論が正しければ跳べる」  溜息を吐きつつも、付き合わされるのだろう事は理解できていたので、それ以上の反論は止めた。  コイツは異常な量の本を読み、頭の回転も速い。語彙だけでなく知識も豊富だ。百の反論を投げても言い負かされる事は必死。百発の銃弾があっても、拳銃では戦艦に大したダメージを与えられない。それどころか、一発の砲撃でこちらが消し飛ばされるだろう。 「わかった。付き合ってやるよ」  俺の言葉に「当然だ」とだけ返して、普段の他愛無い会話を再開する。  
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