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夜の学校には慣れたものだった。
古びたおんぼろ校舎にセキュリティという言葉は存在せず、一階の北側男子トイレの窓は鍵が閉まらないので忍び込むのは容易い。ただ一つ問題があるとすれば、薄暗いトイレは怖いという事だ。
蛇口から滴る水滴が洗面台を叩き、狭隘な空間に木霊する。
「パッキンが磨り減っているだけだ。パッキンが磨り減っているだけだ」
自分に言い聞かせてみても、やはり雰囲気による演出効果は絶大だ。扉が軋む音も不気味な響きに聞こえて、俺は早足でトイレを後にした。
ひたひたと足音を殺すようにして進む自分自身の足音にビクつきながら、教室を通り過ぎて階段を上る。当直の教員が見回るという事は経験上無いのだが、足音を出来るだけ小さくしようと務めてしまうのは人間の本能なのか。
二年生が使う二階を素通りして三階へと上がる。普段から通い詰めている道だけあって、足取りは少し軽くなった。
しかし、男の俺がこれ程の思いをしているのに対して、アイツは全く平気らしい。一人で先に来て集合場所で待っているのだ。お化け屋敷でも全くビビらないタイプだろう。
トイレに潜んで驚かされた事があったが、あの時は死ぬかと思った。長い髪で顔を隠したまま近付かれれば、誰でも恐怖するのではないだろうか。
ともかく、屋上は眼と鼻の先だ。
教室と比べて幾分か重厚な扉を開く。冬の風を押し分けて開いた扉の隙間から、凍えるような冷たい風が吹きつけた。余りの寒さに頬は上気し、指先は悴む。
「遅かったな少年」
「寒くないのか?」
いつもより声のトーンが低い事を気にするよりも先に、口を衝いて出たのはそんな言葉だった。
セーラー服の色を紺に変えただけなんじゃないかと首を捻りたくなる制服と、少し短いスカート。そして、膝上まである黒のソックスと学校指定の上履き以外、コートの類を一切身に付けていない姿は見ているこちらが寒くなる。
幸運にも雪は降っていない。だが風は身を切るような冷たさだ。どちらにしても、見るからに薄着の少女は誰から見ても異常だった。
「時空間跳躍には必要ないからな」
「そんな事を本気で言っているわけじゃないだろ? コートぐらい持って来いよな。帰りは自転車だろ?」
「コートも自転車も必要ない。ワタシは過去へ跳ぶからな」
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