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出来る訳がない。そう確信していた。自由科学同好会の活動は、誰も得をしない代わりに誰も損をしないというのが信条だから。言うなれば単なる遊びのはずだ。
「どうやって、その時空間跳躍をするんだ?」
「此処から飛ぶ」
そう指差したのは屋上の縁だった。古い校舎とはいえ教室棟は三階建てだ。飛び降りればただでは済まない。
「本気か?」
「ああ。少年には見届けてもらいたい。自由科学部の最後の活動だ」
コイツの瞳が本気だと告げていた。冬の吐息がスカートをはためかせて吹き抜ける。徐々に縁へと歩を進める彼女に堪らず声を投げた。
「失敗すれば……いや、そもそも成功なんてしないだろ? そんな事は俺にだって分かるぞ」
近くて遠い距離を掠れた声が泳ぎ切るまでには、少し時間が掛かった。それほど強く吹き付けている訳ではない風にすら、呟くような声は掻き消されるのではないかと気を揉む。
気付けば喉はカラカラだった。
「やってみなければ答えは出せない。それこそ自由科学部の根幹にあるものだったはずだ。それに、ワタシは失敗しても構わないと思っている」
漸く振り返った彼女の瞳は鋭い。元々が釣り眼がちな奴だが、今はそれなりの覚悟を秘めているような印象を受ける。何よりも、強張った表情が彼女の気持ちを代弁するかのようだった。
「死ぬ……つもりなのか?」
「ワタシは両親の居た時間に戻りたい。それだけだよ。此処にワタシの居場所は無いから」
ここに居場所がないという言葉に胸が痛くなった。自由科学同好会として共に過ごしてきた中で、コイツが零した笑顔は微笑や苦笑ばかりだった。だが、俺達が共有した時間が無為であったと認める事は出来ない。死んでも認めてやりたくなかった。
「それは逃げじゃないのか? 辛い現実から目を逸らして、過去に戻れるならなんて夢想しているだけだ」
「……少年の言う通りだよ。ワタシは逃げてばかりだ。同輩の優しさから逃げて、心配する叔父夫婦から逃げて、生きる事から逃げようとしている」
内に秘めた思いを吐露する彼女は泣いているようにも見えた。
「自由科学部を創ったのは心の拠り所にする為だ。それも今となっては意味が無い。少年には色々と迷惑を掛けたな」
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