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「それもそうだけどさ、何だったんだろうね」
華鬼の傲然とした態度を見慣れている生徒たちの話題はすでに、その内容へと移行していた。慌てふためいた教師たちの姿もやけに目につき、その内容も奇妙この上ないことから、関心は高まる一方だ。
「結婚ってマジで?」
「冗談だろ」
「普通しないって」
「けど、木籐先輩ってそういうことをふざけて言うタイプじゃないよね」
「じゃあ、マジ結婚すんの?」
「ありえねぇって」
ぞろぞろと連れだって階段を登りはじめても男女入り乱れた会話は途切れない。学生で結婚は無理だの、そもそも相手は誰だだの、そんな下世話な話にまで発展している。
「花嫁って、風紀委員の副委員さんじゃないのか?」
「副委員長って、うちのクラスの宮野?あ、確かに……あの人、職員棟に住んでるんでしょ?」
「だったら宮野で決まりじゃん」
「けど、さ」
一年五組と書かれた黒い木版がぶらさがる教室のドアを開けた少年が、一瞬口ごもり言葉を続けた。
「先輩が言ってたろ。――花嫁が届いたって」
素直な言葉が教室に響く。
どんな経緯であろうと、結婚すると決めた相手なら大切に違いない――そう思っている彼らはどこか腑に落ちない表情をした。
「――荷物、ね」
桜が1人でにそう呟くと、軽く肩を叩かれる。
「水羽?」
輪から外れた教室の片隅で少年が苦笑混じりに言葉を転がす。彼の視線は真っ直ぐ輪の中心にいる少女へとそそがれている。その少女は指定された席に腰を下ろしたまま、表情ひとつ変えず机の隅を凝視している。それを見て、彼は盛大な溜め息をついた。
「――あの子、なの?」
水羽の視線を追うように見つめ、桜は少女の姿を捉える。
「……うん」
「………」
「なんか、ムカつくんだよね」
毒を孕んだ言葉を発して水羽は、清々しく笑った。
「木籐華鬼。本当ムカつく、庇護翼馬鹿にしくさってさ、偉そうにふんぞりかえってんじゃねーよって感じ」
その言葉を聴いて、桜もまた呟きをもらす
「あの馬鹿に何言っても無駄」
そして水羽はさらに声音を落とした。
「後悔させてやる。――三翼の力、甘く見ないでもらいたいね」
水羽は愛らしいとさえ評価される笑みに鋭い棘をしのばせて囁く。
―――鬼に差し出される、哀れな花嫁を見つめながら
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