鬼頭の花嫁

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日が陰る。 目に映るくすんだ世界がゆっくりと色を失っていく。 職員棟は四階建てで、外装こそは質素なものだった。 生徒たちが生活する南北にある建物と同じ赤レンガの建造物、その入り口は不自然にふたつ存在していた。 大きく開かれた玄関は職員用、そこからずいぶん離れたら場所にもう1つあるちいさな玄関―――、桜はそこから中へと入った。 「おかえりなさい、桜さん」 柔らかな声に顔を上げ、同じように柔らかな声で返事を返す。四十歳前後とおぼしき女性がこの職員棟の寮母と言われる人だ。 「ただいま、もえぎ…」 もえぎは小さく微笑みをこぼし、それから桜の背負っている藍色の袋に気付いて困った風に笑ってから桜に鍵を渡した。 「最上階の鍵です、麗二様から聞いていますから、貴女に渡しておきますね」 鍵を受け取ると、肩を竦めて困った風に笑いながら口を動かす。此処の空気は少しだけ痛い、鬼の花嫁が幾人もいることが分かった。 「花嫁は後から連れて行くからって、光晴が言ってたよ」 そうですか、と呟いてからもえぎはその場を後にした。 自分も目的を果たさなければ、そう思い足早にエレベーターへと足を向ける 「聞いた?鬼頭の花嫁庇護翼いなかったって」 「その子ぐちゃぐちゃね」 「鬼頭の花嫁なのに」 「真っ黒な花嫁だなんて前代未聞だわ、ケガラワシイ」 囁く声はどうにも苛立つ、決して自分のことではないことなのに。 「これから結婚式なんでしょ?」 「ええ、そうそう」 「ねえその子、白無垢を着られる子なのかしら」 「黙れ」 怒気を含んだ声が静に空気を揺らす。女が四人、その声に驚いたのか固まって桜を凝視する 「口を慎め」 会話に夢中になっていたことで、桜の存在に気付かなかったらしい。項垂れ、道を歩けば誰もが振り向かずにはいられない美しい顔を悔しげに歪め桜を見る。 「育ちを疑われるぞ」 口元を歪めて皮肉にも似た言葉を吐くと、それに伴うように女は去った それを鼻で笑い最上階へと駒を進める、その動きには一切の無駄がなく美しい。故に今までは華鬼の花嫁は桜だと勘違いされていた。 自分自身の存在する理由を作るために、嘘をついた。 傷を負うのも 虐げられるのも自分だけだから― エレベーターに乗り、ボタンを押す、鈍い機械音を聞きながら瞳を閉じる 「……朝霧、神無」 人形のような感情のない少女 桜は鬼頭の花嫁となるその少女の名を、呟いていた
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