みどりサン、泣いちゃだめだよ

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制服のボタンを締めた宮下は、ハンガーラック横の姿見に全身を映した。 何時もの様にさえない自分がいる。 「寝癖、なし」 どの辺が寝癖なのか? 両耳を出した髪は、おデコの先でくるくると円を描く癖っ毛。 「髭の剃り跡よし」 元々ヒゲは濃い方ではない。 パンパン。 宮下はジーンズの両腿を手のひらで叩いてから、軽く3度ジャンプをした。 172センチ、体重60キロ。 何の特徴も無い普通のひとが、狭い部屋の中でジャンプをする。 コンコン。 スタッフルームへ入る前には、必ずドアをノックしなければならない。 長身の蛭川が、身を縮めて部屋に入って来た。 7時を過ぎて、もう退勤の時間である。 「店長、細かな事は連絡ノートに書いておきました。夕方の廃棄もれが幾つかありましたから気をつけて下さい」 「ごめんなさい‥‥」 相変わらず宮下とは目を合わせない。 長い髪を後ろで束ねた蛭川は、細く長い指で制服を乱暴に脱ぎ捨てた。 有名なアマチュアバンドのボーカルであると、以前 派遣スタッフが宮下に教えてくれたが、軽い嫉妬心もあり、宮下は未だにそれを確かめてはいない。
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