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静まり返った教室に、居るのは自分一人だけだと思い込んでいた。
だけどあたしの視界には、二つの影が映っている。
「………」
顔を伏せて眠る彼の目の前に佇む長身の美少女。
細い指が彼の髪に触れられる。
愛おしそうな瞳で彼を見つめ、柔らかい髪の感触を優しく確かめる。
ズキ、ン
……だから、まだ解らないの
被害者は、あたしじゃないのよ
カタリと音を立てて立ち上がったあたしに、彼女は一瞥もくれなかった。
静かな場所では無意識に音を立てないように配慮してしまう、日本人の性。
あたしもその時、極力音を出さないように気を配りながら教室を出ようとした。
けれどそれが裏目に出た。
「………みこ…」
愛しい人の、名を呼ぶ声を、聞いてしまった。
「………え」
思わず振り返った。
瞳に映った光景は、さっきとなんら変わらない。静かに眠る爽太と、佇む智乃の後ろ姿。見る位置が変わっただけの同じ光景なはず。
気のせいかとまた向き直ったその時だった。
再び、小さな声が聞こえて振り返る。
今度は別の声だった。
「……何か言った?」
遠慮気味に尋ねてみる。
僅かの沈黙ののちまたさっきと同じ声が届いた。
「……美湖には適わない」
「…」
その、言葉の意味を
少しだけ、考えてみて
だけどきっとちゃんと考える気などなくて、直ぐにあたしは訊きかえした。
「ごめん智乃。なんて言ったの?遠くてよく聞こえなくって」
言いながら彼女のもとまで歩いてゆく。
「あたしがなん……」
振り向いた彼女のカオを、あたしは、見るべきでは無かったのかも知れない。
「美湖には適わないって言ったの」
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