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痛みは、無かった。
ただあてがわれた刃が皮膚を裂いたのだけを、生々しく感じ取った。
ーダンッ!
鈍い音が響いて目を見張った。
直ぐ横で、ユカを押さえつける智乃がいた。
「ーーにやってんねんッ」
「…………ッ!!」
首元を細い腕で強く押さえつけられ苦渋の表情を見せるユカ。
そんな彼女を睨みつける智乃の剣幕にあたしは軽い恐怖を覚えた。
「何やったか訊いてるんや…ッ」
「……ッ…離ッ」
ーパァァン!!!
高い音が鳴り響く。
ハッとしたように目を見張ったユカの唇が赤く滲んだ。
「ーー殺す気か!!」
開ききった瞳孔が、ゆらゆらと揺れていた。
その瞳に涙が溜まる。
そのまま彼女は幾粒もの涙を流し、ズルズルと壁づたいに沈んでいった。
あたしは無意識に肩の力を抜いたけど、智乃はそんな彼女を赦さなかった。
「立てよ!」
「……うぅっ…」
顔を覆い泣き出すユカを怒鳴りつける智乃。
思わず、退いていた身体を踏ん張らせ智乃の腕を引いた。
「智乃……」
「……」
「もういいよ」
「良くない!」
「あたし大丈夫だよ」
バッと振り返った智乃に思わず強ばりながらも、その不安げで泣き出しそうな瞳に愛おしさを感じてしまう。
「……でも切れてる」
「ほんとにちょっとね、にじむ程度っ」
あはっと笑ったあたしを見た智乃が突然、ぶわっと泣き出した。
笑顔が固まるあたし。
「ーーうえ、…ふぇぇぇぇっ」
「ちっちのっ!?」
あたふたとするあたしをよそに智乃は何も言わずにただ声を上げて泣くばかり。
ユカもポカンと見上げてるし、チカとアイも戸惑いの表情で顔を見合わせていた。
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