コンプレックス

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「また変なこと考えてる」 耳元で低い声が聞こえたのと、むにっとほっぺをつねられたのは同時だった。 「……いひゃい…」 「いひゃい」 「…はなひて、」 「離して欲しけりゃ爽太と仲直りするかい?」 「………」 黙ったあたしの頬と同時にその身体も離した夏芽は、呆れたように腕を組み爽太へ視線を向ける。 「あーあー、夏休みの思い出サッカーしかないじゃん」 頭の後ろで腕を組んでそう吐き出すのは黒坂君。 そんな彼に爽太は眉を下げて笑ってみせた。 「だっりーよなあ」 「俺お盆の三日間なんてお墓参り行ってかーちゃんにこき使われて終わりだぜー。せめて五日くらいさー」 「ハハッ。オレもねーちゃん帰ってくるからいびられる」 「え?爽太姉ちゃんいたの?」 「まあなー」 ふ、と視線を逸らす。 ここまできて未だ一度も合わない視線に、どうしようもないやるせなさを感じた。 そんなあたしを見かねた夏芽がため息混じりに呟いてくる。 「あんたが話しかけたらすむ話なんだよ」 その台詞にあたしは下げた視線を上げることが出来ずに。 「…出来ないよ」 できないよそんなこと。 そんな、無責任なこと…。 「けれどきっと爽太はそれを望んでる」 優しい口調で促す亜子の台詞も今は空虚に思える。 「あたしなんか嫌いだよ」 「そんなの有り得ないって自分で解ってるでしょ」 「…あたしなんか、どうでもいいんだよ」 「爽太は美湖が好きよ」 「………」 ただ宥めるように、慰めるように繰り返される亜子の優しい言葉に、あたしはだだをこねる子供のように唇を結び眉を下げる。 黙って見守る夏芽からは、何度目かのため息が、小さく漏れた。 .
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