コンプレックス

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「てかじゃあ美湖の水着どこ行ったの?」 誰からともなく歩き出したなか、不意にそう口にしたのは洋紀だった。 隣を歩く夏芽が小首を傾げてみせる。 「落としたんじゃない?ほら電車でさぁー」 「あんなギュウギュウ詰めん中でカバンの中身落っこちるか?」 「じゃあなんだって言うのよ爽太ー!」 斜め後ろを振り向き口を尖らせる夏芽の横であたしは、自分の肩に提げたビニールバッグに目をやる。 チャックがないから落ちちゃう可能性は確かに十分にあるけど。 でもあの満員で、てなるとそうもいかないとも思うよねえ。 「捕られたんじゃん」 ポツとこぼしたのは爽太の隣を歩く陽介。 あたしはふいと振り返る。 「ロリ趣味なオッサンとかに」 「えぇっ、キモッ」 「ふふ、美湖可愛いもんね」 「そのカバンにあの満員だったら、さり気なく引っこ抜かれてても気付かないもんね」 陽介のセリフに夏芽が眉根を寄せてあたしの肩を寄せる。 あごに手を添えて言った洋紀にあたしは口を開いた。 「でも周りの人とか見てなかったのかなあ」 「まぁ居たかも知れないけど、あの満員の中じゃものすごく正義感の強い人でない限りわざわざ声を上げたりしないんじゃないかな」 「………あー…、なんか、取りあえず、水着代返して欲しいな……」 「間違いないね」 力なく吐いたあたしの頭を、夏芽が苦笑混じりにそう言ってぽんぽんたたいた。 そして向かうは水着のレンタル屋さんで、あたしはもっともっと肩を落とすことになる。
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