八つ当たり

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爽太おまえさ、クレイジーだよな そう言ったオレに多分彼は笑った。 あざ笑った、そう表現する方が良いかも知れない。 ふ、と爽太が顔を上げた。 少し困ったように笑ってた。 「クレイジーなのはお互い様だろ」 あぁ、そうだな と呟く。 「ちょっとくらい狂ってなきゃアイツの相手なんて出来ねぇだろ」 「…」 「オレがクレイジーだったからあの子の相手が出来たんだ、感謝してくれよ兄貴?」 「…うん。そうだな」 幼い頃の傷害事件で記憶を失い気を病んだ双子の妹。 おてんばでイタズラ好きでいつも笑っていた少女の影すらなく、唯一覚えているらしいオレに縋ってはきたものの、暗い表情でいつも泣き顔を浮かべるその少女はオレからすれば全然知らない子で、他人でしかなかった。 そんなオレの戸惑いなんて、誰も知らないんだ。 彼以外は。 爽太に出逢ってから美湖は笑うようになった。 オレの知ってる顔で笑うようになった。 懐かしい笑顔を初めて見たとき、やっと自分の知っている妹が戻ってきたように思えた。 同時に、やっぱり同一人物だということを改めて思い知らされたし、心の底で他人のように感じていた自分を恥じ、心で謝罪した。 爽太に出逢って初めて俺たちは本当の兄妹に戻れたような気がしてる。 「なー陽介、DVD借りにいこーぜー」 首を曲げてこっちを見やる爽太をじっと見つめた。 「オレさー今、ホラー観たい気分」 ひひっと笑った顔に、なんだかため息がもれる。 「ホラーは女子と観るもんだぜ」 ソファーから身体を起こしてオレは言う。 爽太が片方の口角を上げて笑った。 「はっ、出たよドS」 「夏芽んち行こうぜ」 「あーあいつ殴ってくるからやだなー」 「綺芽さん居るかな」 「出たよ陽介のムッツリ」 「ちちでけぇーもん」 「まぁー、わかる」 言いながら携帯を耳にあてる爽太。 少し赤くなった空を見ながらぐっと伸びをしてみた。 大きく息を吸い込んで、吐いた。 .
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