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携帯でナビった住所に着くと、玄関の呼び鈴を押した。
出迎えたのは至って普通に見える母親。
ただ、ずっと年下の僕に対して始終敬語なのが引っ掛かった。
「迷はもともと一人で部屋に居ることが多かったんですけど、学校にも行かず、高校も受けないなんて言うんですよ。本当に何が不満なんだか。
どうかビシッと言ってやってください。部屋は二階ですの」
階段を上がって通された部屋の前に、椅子が一脚放り出されていた。
「迷っ。家庭教師の先生がいらしたの。開けるわよ」
返事が無いのでそのままドアを開けると、その子は窓辺に座って外を見るふりをしていた。
ミステリアスな雰囲気で、期待通りの女の子だった。
澤木迷(サワキ メイ)。県内ながら私立の中学に在学中で、なかなかかわいい外見をしている。さっぱりとしたショートカットが個性も加味している。
「守口捧(モリグチ ササグ)です。今日から君の家庭教師をする事になりました。
よろしく、迷ちゃん」
迷はこちらに目もくれず、素早くカーテンを閉めて顔を遮った。
カーテンの下からのぞくジーンズの裾と足先が、昔読んだ『ピーターの青い椅子』という児童書を思い出させる。
妹が産まれてかまってもらえないピーターが、お菓子や自分の宝物を持って、カーテンの後ろへ隠れて小さな家出をするという話だ。
「恥ずかしいの?出てきなさい、迷。すみません先生、それじゃあお願いします」
人見知りではなく拗ねているのだ。
この母親にも問題がありそうだ。
子離れができておらず反抗期を纏足で乗り切るつもりなのだ。 周りに対してこんなにも慎ましく謙虚に生きてきた自分の育て方が、娘の不登校の原因であるわけがない、とかね。
おそらく迷の存在は今の澤木家の“生け贄”なのだろう。
家族間の円満を保つために、程度差はあれこうした役割ができてしまう。
問題なのは回ってきたその役割を一人で背負い込んでしまう場合だ。
自分の事を‘お荷物’だなんて思ってなければいいが。
迷の行動を見てそんな心配がよぎった。
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