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自分で部屋に椅子を運び込んだ僕はそれから二時間ずっと猫と小説の話をした。
「こたつにチンピラが入ってくると美人と小姑はそれとなくこたつから出るんだ。まるでサウナに入ってきたヤクザだろ」
「……先生、ポールギャリコ相当好きなんだね」
「というより『七つの人形の恋物語』が好きなんだ。ギャリコが生きてたら友達になってみたい」
「笑っていい?」
「どうぞ」
迷は笑わなかった。
窓辺から本棚の本を手に取り、パラパラとめくる。
しばらくじっと目を留めていたかと思うと突然パタンと閉じる。
その本おもしろい?どんな話?主人公はどんな奴?一番好きな登場人物は?
質問の一つ一つに迷はだるそうに頭をもたげ、首を縦に振ったり横に振ったり、肩をすくめたり小首を傾げたり、挿し絵を指差したりした。
迷の頭の中は皆目判らずじまいだった。
次の週も僕はひたすらしゃべりかけ、迷の言動に耳をすませた。
観察を続けるうちにますます迷本人に興味が湧いた。
迷が何を考え、周囲にどんな判断を下し、自分をどう位置づけているのか。
他人は自分など興味ないと思い込む反動で、お客様視点でしか人と繋がれないという人はよくいる。
芸能人に熱を上げている人などは、バーチャルな恋人として商品を買う感覚なので、スキャンダルが出た途端、「不良品を掴まされた」とばかりに即捨てるが、迷はそんな接客すら僕にさせてくれない。
自分にも他人にも興味が無く、心を閉ざしたまま、不器用な一生を送るつもりだろうか。
おせっかいな正義感がうずく。
母親がお茶を淹れてきたので軽く会釈する。
娘に何も言葉をかけず、逃げるように退室していった。
今日の迷はきちんと勉強机に向かって漫画のようなイラストを描いている。
僕は『ジーキル博士とハイド氏』の話をしていた。
「実は僕もそういう薬をよく使う」
ふと迷の動きが止まる。
「昼間は温厚な人格者、しかし夜になると残忍な……」
僕は上着のポケットを探る。
迷の視線が釘付けになる。
小瓶を机にコトリと置く。
「飲んだくれになる」
しらっと視線を外す迷の傍らで紅茶にポケットウイスキーを一滴垂らしてすする。
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