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安徳は少し呆れ返って後藤泰平に言った。そのまま放っておけばそのうちこの暑さで止(や)めるだろうとたかをくくっていた。
しかし、口喧嘩は数十分経っても止まることはなかった。
「なあ、そろそろ止めた方が・・・・・・・・・」
と泰平は安徳に提案するが、その安徳の眉間にしわがより、こめかみの血管がぴくぴくと動いているのを見て、泰平は顔が青ざめた。
「えぇ、私もそうしようと思っていたところでしてね・・・・・・・・・」
彼は左手に持っていた愛刀『長光』の鞘を抜いた。
この太刀は、その昔さる高貴な剣士が愛用していたもので、それを彼の先祖が賜ったと言われているらしい。
安徳は右手に長光を持ち二人に近づいていったが口喧嘩に夢中の二人はそれに気づくはずがなかった。
「大体、アンタはいっつもそうなのよ!」
「ざけんなっ! それはテメェ・・・・・・だ・・・・・・・・・」
二人のまさに眼の前に、太陽光にその刀身を輝かせた長光が姿を現し、二人の顔から一気に血の気が引いた。
事の事態を理解した二人がぎこちなく首を向けると、そこには安徳が微笑んでいたが、その後ろに怒りに燃えた般若がいた。
「龍二、達子。いい加減になさい。さもなくば、我が長光の錆にしますよ」
そう言った。 二人はガタガタ震えながら
「わ・・・・・・分かった。分かったから、ね?」
「だ、だからそれ、引っ込めてくれ。もうやらんから・・・・・・な? 安徳さん」
必死に命乞いした。その為には土下座もいとわない。
「分かればよろしい」
安徳は素直に長光を鞘に入れた。
ほっとするのもつかの間。
「龍二。貴方のお陰でとんだ時間を喰ってしまいました。さっさと貴方の家に行きますよ。早くしないと・・・・・・・・・」
再び長光を鞘から抜いた音が聞こえた龍二は
「はいっ、わかりましてございます!!」
斬られまいと先頭に立って歩き始めた。
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