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それに気が付いたのは四十九日の時だった。
呼んだ訳でもないのにババァの担当だという医者は、わざわざやって来て、俺にこう言ったんだ。
『和陽君、どうやら君は勘違いしているようだ』
――勘違い?
「いや、僕は……」
『八重さんはね、君を育てる為に退院したんだよ』
医者の言っている意味がわからない俺は、黙って話を聞いた。
『君は事故に遭って右手がほとんど利(き)かないそうだね。だけれど、医者の私が診ても、それが分からないほど自由に右手を使っている』
「……それは、まぁ、祖母に無理矢理……鍛えられたので」
確かに、俺は同じような障害を持った人より遥かに右手が使える。
就職前に一度だけ行った職業訓練所でも"訓練の必要なし"と帰されたくらいだ。
『確かに、無理矢理かもしれないな。だが、それは私が指示したものなんだよ』
「えっ? 先生がどうして――」
『八重さんに頼まれたのさ。事故で孫の右手が使えなくなったから治す方法はないかとね。リハビリの方法は教えたけれど、中学生が厳しいリハビリに堪えるのは難しいのではないか、とも忠告したんだ。……まさか、あんな方法でやるとはね。八重さんは、本当に頭のいい人だったよ』
クソババァ……。
あの事故以来、流したことのなかった液体が頬を伝う。
あの水汲みも、マッサージも、料理も皆俺の為に。
『私が診断した"余命一年"の患者が五年も生きた。そんなヤブ医者の私に、一つ言い訳をさせてくれないか。――きっと、君との生活が八重さんの寿命を伸ばしたんだよ。私は、そう思う』
クソ馬鹿な俺も、薄々気が付いていたんだ。
右手があまり利かないことに、誰も気が付かないことを。
それぐらい器用に、右手を使えるようになっていたんだ。
『立派に就職した君を見届けて、旅立ったんだね』
医者の言葉が頭に入らない程、俺は頭の中でババァとの生活を思い出していた。
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