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駅を降りると昭和の時代を想像させる風景が広がっていた。
ここからバスで一時間半、さらに徒歩で二時間。
今の時代に、こんな場所があるのかよ。
父の運転する車でしか、来たことがなかったので、こんな山奥だとは知らなかった。
体力に自信はあったが、慣れない山道、重い荷物、力の入らない右腕でヘトヘトだ。
余寒残る季節だが、汗だくになっていた。
何度も休みながら、ようやく見覚えのある民家に到着。
インターフォンなどあるわけがなく、ガラガラと引き戸を開け叫んだ。
「バァちゃん、俺だよっ!」
しばらくすると、ペタペタとした床を素足で歩く音が聞こえてきた。
長い銀髪に白い割烹着(かっぽうぎ)姿。手には四角い中華包丁を握っている。
――これが、ババァだ。
『和陽(かずひ)オメ、何しでたんだ』
訛(なま)りなのか、独特な言葉遣いで話すババァの口調はしっかりとしていた。
もうすぐ、九十とは思えない。
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