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「何って、バァちゃん俺……入院してたんだよ。右手が動かなくなっちゃって」
俺を見ているのか、何かを考えているのか分からないババァは、信じられない事を口にした。
『お医者様が、退院しでいいって言ったんなら大丈夫だべ。ほれ、さっさと水汲んでこいっ!』
大丈夫って……。
孫が右手動かねーって、言ってるのに……ボケてんのか?
「だからっ! 右手が使えねーんだよっ」
手にする包丁で、桶の場所を差すババァ。
『いいから行げっ! 飯が作れねーべさ』
中華包丁の迫力から、何を言っても無駄だと悟った俺は、渋々外へ出て桶を持ち上げた。
『一個じゃ足んねーぞ』
家の中からババァのデカイ声が鳴り響く。
――マジかよ。
井戸まで数百メートルはある。行きは問題ないが、水の入った桶を二つ持って帰るとなると話は別だ。
右手が使えないのに……。
暫(しばら)く考えた俺は、桶を二つ持ち、棒を脇に抱えて井戸まで歩いた。
水を汲んだら、担(かつ)いで帰るしかねーか。
結論からいうと、そう上手くはいかなかった。
重さでバランスがうまく取れず、何度も水をこぼしてしまう。
家に到着した頃には、桶の中の水は半分以下になっていた。
こりゃ、またうるさそうだ。
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