西行き電気鉄道車八両目

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ある春の日の出来事だった。 太陽は既に落ち、紫色の帳が西の空低く垂れ下がっている。 このくらいの時間の電車は、とても快適だ。 帰宅ラッシュで見知らぬ他人と肩が触れることも無ければ、酒の入ったやたら陽気な人間もいない。 乗り合う者すべてがある程度の距離を置いて静かに座席に座する光景は、修行僧のそれのようにも見えるが。 仕事の都合上あまりこの時間に乗ることはないが、今日は運が良かったらしい。 そっと両耳にイヤホンを仕込み、あまり話題にのぼらないような曲を聴く。 10人に聞けば10人がマイナーな曲だと答えるだろうが、好きなものは仕方が無い。 目を閉じ、耳に流れ入る音に集中する。 音楽と電車の揺れのみとなった俺の感覚世界には、良い揺り篭と子守唄だったようで、そう間を置かずに自然と眠りの世界へ誘われていった。
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