三味線

13/21
前へ
/23ページ
次へ
「いた。欹織だ」 すでに阿良治は一人の人物を見据えていた。 それは、紛れもない欹織だった。 特にこれといった目的は無さそううだが、明らかに興味をもってここへ来ている様子だ。 暁良は目を疑った。 こんな道楽丸出しのような場所へ来るはずがない。たしかに欹織だ。 少し顔つきが変わって見えるほどに、錯乱した。 引き起こる矛盾。 これまで執着したイメージが、すべてひっくり返る瞬間を味わった。 ガラス張りに手をつき、まじまじと見る。 なんと輝かしい目だ。 一度として見たことがない目だ。 隣の阿良治がなお、観察を続けている。 そうだ、今は阿良治についてだ。 なぜ、もっとも距離の近い暁良が知らず、もっとも距離の遠いと思われる阿良治が知っているか。 たとえばそこに、『恋愛感情』などといったものが働いて、彼を行動に移したとあらば、ここは音をたてずに目をつむろう。 だが、彼が恋愛など味わった人物には思えない。 そこで暁良は言葉に起こした。 「たしかに欹織だ。でも、なんでこんなことを知ったんだ?」 直球で言葉をぶつけた。これ以上無駄のない文章だ。 こちらを向く阿良治。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加