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いつ頃だったか。
以前、こんな風に一緒に飲んでいた時に、恋とか愛とか、そんな話をしたことがあったのだが。
その時に貴人が浮かべた、優しく美しく、……そして淋しそうな微笑が、大裳の胸に刻まれた。
嗚呼この男は己の淋しさを自覚しつつそれを埋める術を求めていないのだと。――諦めているのだと。
見ていて、少しだけ泣きそうになった。
誰からも愛され、誰しもを愛し、それなのに誰よりも孤独な男。
……なんとかしてやりたい、と思うのは、傲慢なのだろう。きっと貴人は、自分を哀れだなどとは思っていないのだろうし、それは大裳もだ。
だがそれでも誰かが彼をと。願わずに居られない。
大裳は、純粋にアマテラスの想いを応援したい気持ちを持っている。だが同じくらい、貴人の淋しさを埋められる誰かを、とも願っている。
「大裳」
再び掛けられた声に目を向けると、貴人は花片の舞い降る中で、けぶるように微笑っている。
……心配はいらないよと。言われている気がして、大裳は切なくなった。
そんな大裳の視界の中で、ずっと無言でいた青龍が、徐に貴人に盃を差し出した。
その表情には特に何かが潜んでいるようには見えなかったが、……多分、青龍の中にも、貴人に対する何がしかの思いがあったのだろう。
貴人は素直にそれを受け取ると、一度口をつけて。
それから、すっと上を向いた。
つられるように大裳と青龍も上を向き、見事な枝振りの桜の大樹、美しく咲き誇り舞い踊る桜花、その真上に浮かぶ真円の月を、見詰めた。
美しいと、思う。
これが、日の本の国の、美だ。
その思いは、三人に共通のものだったろう。
そして、この美しい国を、護りたいと。美しく素晴らしきこの国の未来を護りたいと――新しき若芽が育ち咲く未来に、繋ぎ渡したいと、思うのだ。
一度目を伏せた貴人が顔を上げ、青龍と大裳の盃に酒を注ぐ。
そして自らの盃を小さく掲げるのを見て、青龍と大裳もそれに倣った。
そうしながらもう一度見上げた空は、星の煌く夜の色。
美しい空を、美しい世界を、美しい未来を。
願い、祈り、想いながら。
誓いに似た想いと共に、ひらり舞い降りてきた一枚の桜の花片と共に、命の雫を飲み込んだ。
了
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