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夜の9時になり、俺の足はあの路地裏へと吸い込まれていった。
片手に握りしめた千円が、妙にむなしかった。
俺もヤケクソになっていたか
そう思いながら、奥へ進んだ。
しかし、そこには誰もいなかった。机も、椅子も、占い師も、俺が昨日払った千円も、そこにはなかった。
「ただ千円奪っただけ…か、ハハハだよなぁ…俺なんて、俺なんて」
分かっていたことだ。こんな思いをすることぐらい、分かっていたことだ。
なのに何故だろう、涙が溢れて止まない。
はあ、とふいにため息を吐いたその時、背後から女性の声が聞こえた。
「あの…」
振り向くと、その女性もがっかりしたように、肩を落としていた。
その後「騙された」と女性は呟き、自分と同じ境遇だと知った。
「あんたもか、俺はあの占い師に9時に来いって言われて、人生の転機が訪れるとさ…あなたは?」
「運命の人が現れるって…やっぱりインチキね」
その時、ふたりは思った。
占いは、当たっているのではないだろうか…
もし、仮に目の前にいる人物が、人生の転機のきっかけとなる運命の人だったなら
ふたりは千円を握りしめ、その千円を見つめて、口を開いた。
『ご飯でも、食べに行きますか…?』
ふたりの声は重なり、同時に思った。
これが‘運命の人,であり‘人生の転機,だと。
「あんたも千円パクられたんだ?」
「ええ!?あなたもですか?…奇遇ですね…?」
「奇遇…ですね…」
俺が頬を赤らめているこの間にも、あのインチキ占い師は二千円を団扇代わりに笑っていることだろう。
完
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