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「なんという顔をして見るの?涙も惣太以外には見せへんのでしょう?」
綾子の温かさに触れ、思わず潤みそうになるのをぐっと堪え、
「はい」
と明るい声で応え、ニッコリと笑った。
その笑顔にうふふ、と綾子も微笑み返し、二人は暫し坪庭を見つめていた。
水やりに秋津が一匹止まった。
静かな穏やかな時間だった。
「こんなふうに気軽に、いつまで会えるのやろう」
綾子の呟きが微かに静寂を破り、アカネが再び空へ帰っていった。
横顔が心なしか寂しげだ。
「姫様…?」
「私…ね、嫁ぎ先が決まったの」
明るく言い放ち、静尾の顔を振り向いた。
「ま…あ、それはおめでとうござります」
静尾の祝辞にうふふ、と笑い
「あちらの方が私より年若でおいでなので、今暫く先になるのだけれど……」
と言葉を切って、軽く溜め息をついた。
「もう今までのような気ままができへんようになるのが残念やわぁ」
そう言って、また小さな溜め息をついた。
――姫様らしい心配やわ……
と、静尾は心に呟きながら、密かにくすっと笑った。
「…あ!静尾、今、笑うた?」
と童女のような目に見つめられて、
「……はい」
と思わず静尾は頷いた。
「もう…!」
と拗ねた顔を綾子が見せる。
くすくす笑いながら、
「お相手の方は…?」
と尋ねる。
「右大臣家のご次男で今は少将様なんですって」
「右大臣家…と言うと九条様の?」
「ええ。確かお名前は……」
と綾子が空を見上げて、眉間を寄せて相手の名前を思い出そうとした。
「……良経さま、でいらっしゃいます」
「そう、そうよ!静尾、よう知ってるわねぇ」
感心して嬉しそうに綾子が叫んだ。
微かな笑顔で応えながら、静尾は話を続けた。
「芸を披露した宴席でも一、二度ほどお見掛けいたしました事が」
「そうやの?どんな方?お顔立ちは?お声は?お召し物のご趣味は?」
キラキラと目を輝かせながら、身を乗り出して未来の夫となるべき男の事を尋ねてきた。
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