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「あぁ、秋津になれたら、あの空を飛んで惣太の許へ帰れるのに……」
――えっ!?
秋津が飛び去った空をぼぅっと見上げていた静尾が驚いて綾子を振り返ると、悪戯っ子のように目をキラキラと輝かせて、ニコニコ笑っていた。
「姫様…っ!」
少し怒ったような口調で静尾が言うと、
「あら、大当りでしょう?違うた?」
とニコニコ顔で応えた。
確かに図星だった。
反論できずに頬が熱くなるのを感じて、静尾は眼を逸らすしかなかった。
「最近評判の静は舞、謡は言うまでもなく、見目麗しさも競べるものがないが、どんな殿御にも靡かないのが唯一の欠点…、と巷で言われているのやてねぇ」
静尾は応えに困って、微かに微笑んだ。
「そら静尾の心は惣太で一杯なんやもの。そやけども……惣太は?」
そう問い掛けられて、ドキリッと胸が跳ね上がる。
静尾がなるべく考えずにいようとしている事を、綾子はズバリと口にした。
「網元の一人息子で健康な男子ならば、そら家督の事を考えなあかんのとちがう?」
静尾は“はい”の一言が口から出ず、その顔を見つめた。
自分も先日、月の障りを見て、一人前の女としての成長を感じたばかりだ。
四つ年長の惣太は十七。
充分に一人前の男子として通用する年齢だ。
子供の一人がいても決して可笑しくはない。
頭では解っていても、思うだけで心がキリキリと痛む。
思わず俯く静尾の様子を見て、
「ごめんなさい、静尾……。でもね、意地悪で言うのではあらへんのよ」
「そのような事は…」
顔を上げた静尾を、綾子の珍しく真剣な目が捕らえ、
「良い殿御のお世話になる事も、名を上げる為の手立ての一つと違いますの?」
真面目な顔で訊いた。
「流れ流れて、市井の民衆に喝采を受けるのも大切かも知れへんけれど、高貴な方に望まれ、抱えられる事は恥とは違いますよ、…なぁ?」
確かに相国入道、平清盛は何人もの白拍子を抱え、祇王、祇女、佛御前などは名を上げ、富貴な暮らしを与えられ、巷の噂を賑わした事は記憶に新しい。
主を特定すれば巡業で身を窶す事もなく、生活も安定するのは解る。
しかし、そこにはやはり身体の関係を許す事が不可欠となってくるだろう。
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