秋 津

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   「姫様……私は……」  庭の一点を見つめたままの静尾はそこまで言って言葉に詰まった。  そして一呼吸置くと、  「やはり私は芸は売っても、遊び女になりとうはないのです」  そうきっぱり応えて、綾子を見つめ返した。  その瞳の底には強い光が点っている。  しばらくして小さく溜め息をつくと綾子が口を開いた。  「そうやね……簡単に殿方に靡かない高慢さが、静の芸を“天女”たらしめる所以やものね」  “天女”と言われて、静尾は少し困った顔で笑顔を返した。  「でも……その“高慢さ”を理由に、他の白拍子の方から意地悪されたり、何かの邪魔をされたりしませんの?」  綾子が怖ず怖ずと心配そうな瞳で、静尾の顔を窺うように訊いた。  その様子に静尾は、胸が温かいもので満たされるのを感じ、  「姫様……静尾は本当に幸せ者でございまする」  思わず潤みそうになる眼で、綾子を微笑みながら見つめた。  「お蔭様で静は姫様のお父上様の懸人と周知されるものなれば、何の心配も障害もなく、芸の精進、披露、奉納に努める事ができまする。磯より京へ入りし以来、兵衛尉様のお声掛かりとは言え、白拍子として芸を披露する今もお殿様、奥方様、姫様方には格別のご温情賜り続け、いつまでも甘えるのも心苦しく思うて…」  「そんな事はない!おもうさんもおたあさんも、いつまでも静尾らの世話をしたいと思うてはるの。ただ静尾の…白拍子、静の芸を我が家が独り占めしては、折角の天与の芸も埋もれてしまうのではないかと心配やの」  縋るような眼で綾子が訴えた。  静尾も身を乗り出すようにして、  「いいえ…!お殿様、奥方様、姫様方に甘え、守られているからこそ、静尾は惣太への思いを守る事ができ、その思いが芸の鍛練、精進に繋がるのでございます」  と応え、穏やかな明るい笑顔を綾子へ投げ掛けた。  「静尾……」  綾子の瞳が潤んでいる。  「おもうさんが兵衛尉に『賢しく見目良い女子を姫達の女嬬に欲しい』と言うた為に、静尾は磯から連れて来られる事になってしもうた……それは意識はないと言うても、私達姉妹のせいやと思うてるの」  「姫様…!なんでそのような事を」  「いいえ!私はそう思うてるの。そやから私に出来る事ならば、静尾の為に何でもしてあげたい」  
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