秋 津

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 綾子は袖で口許を覆いながらクスクスと笑っている。  そして笑いを含んだままの眼で、  「そのような海へ漕ぎ出す惣太は、筋骨隆々なむくつけき男に育っているかも知れへんねぇ」  と問い掛けるように言う。  眼が悪戯っ子のようにキラキラと光り、笑いを含み続けている。  「そのようなこと…ありませぬ!」  と涼しい顔で応じると、  「あら、残念」  と首を竦めた。  二人は顔を見合わせて、コロコロと笑い声を立てた。  「天女の心を捕えて離さぬ惣太とは、どのような男子やったの」  綾子の問い掛けは、静尾の脳裏に一気に惣太を出現させる。  喜怒哀楽がはっきりしている惣太。  けれど子供達からは信頼を置かれ、頼られるだけの度量があった。  情は深く、その思いを貫く、一歩も引かない一途な強さがある……  「あら……なんだかさっきお話した九郎ヨシツネの叔父様に、少し似ておいでなのかしら」  顎に人差し指を当てて、考え仕草で綾子が言う。  「さようでございますねぇ…裏表のない真っ直ぐな気性は似ておいでかも知れませぬ」  さっき自分がふと感じた事を綾子が口にした。  静尾は内心、不思議を感じながら微笑んで応えた。  その“不思議”が、いずれ現実の“縁し”となる事など夢にも思わずに。    
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