櫻 涙

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   「なんと…っ」  頼朝の言葉に一同は異口同音の驚愕の声を上げた。  頼朝は口許に薄い笑いを浮かべたまま、  「儂に同意の嫌疑により……だそうだ」  と、討たれた原因を静かに口にした。  希義は頼朝と母を同じくし、平治の乱後に頼朝同様に流刑となった弟である。  頼朝の怒りと悲しみがどれほどのものかは、一切の光りを拒否する無表情な眼が物語っていた。  「…では先ほどのお話の続きは後日にでも改めてお伺い致しまする。本日はこれにて…」  と気を利かしたのか、比企四郎と小山小四郎が連れ立って部屋を出て行った。  それを見た全成が  「では私共も…」  と義経を目顔で促し、座を立ちかけたが、  「酒でも運ばせよう」  と言う有無を言わせぬ頼朝の言葉に、再び腰を下ろす事となった。  床に着いた自分の左腕に身体を預け、頼朝は崩し胡坐で杯を口に運んでいる。  御家人、郎党の前では見せる事のない姿だ。  いや、もしかしたら妻の政子の前でも見せる機会は少ないかも知れない。  父親と氏姓を同じくする三人の“兄弟”達は黙って杯を口に運んでいた。  時折、秋の深まりを感じさせる冷たい風が吹き込んでくる。  死に遅れたのか、最期が近いのか、鈴虫の弱々しい声が途切れ途切れに聞こえる。  それ以外は頼朝の心中を息を詰めて推し量るような、静寂だけが流れている。  ……悪酔いしそうだ  昨年、鶴岳若宮の寶殿棟上げの際、義経は頼朝が大工に下賜した馬の引き手をする、しないで激しく叱責された経験がある。  以来、頼朝に面と向かうと、何とも言えない緊張感に襲われるのだ。  義経は衿元を緩めながら、変に汗ばむ額を指先で軽く拭った。  全成は塑像のような姿勢で、伏し目勝ちに淡々と杯を重ねている。  この兄がこの妙な静寂を何とかしてくれないかと期待して、時折チラと目線を送るのだが、全く気づく様子がない。  ……今は佐殿に従え、ということか  全成に何とかしてもらおうという淡い期待を諦めて、空の杯に手酌で酒を注いだ時、  「あれは今年三十……いや、三十一か」  と訊くともなく、頼朝が呟いた。    
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