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風にすすきが揺れる。
空はまるで血を吸ったかのように赤く染まり、陽はその身を隠そうと静かに沈みつつあった。
後に「天下分け目の戦い」と呼ばれる事となる合戦が終わり、もう二日が過ぎようとしている。
そんな中、無数の屍が横たわる地に、まるでどこか楽しげに聞こえる夥(おびただ)しい烏の鳴き声に交じり、微かに念仏を唱える声が聞こえた。
「南無…」
屍の前に立ち止まっては、念仏を唱える老いた僧侶。その姿は、屍を哀しむ様にも憐れむ様にも見えず、むしろどこか悟った様な表情で、淡々と弔っているように見えた。
もう幾百の屍に念仏を唱えたであろうか…。しかし、その数はまだ幾千も横たわっているのである。
僧侶は念仏を終え合掌すると顔をあげる。
バタバタバタバタ…
少し離れた所から突然、烏が数羽飛び立った。
僧侶が何かに気付き、ふとそちらに目を向けると、何か…いや誰かが、ゆらりと、幻影の如く立ち上がった。
(ん?)
それは鎧兜に身を包み頭を垂れたまま、ゆっくりと立ち上がる一人の武士の姿であった。
(何?!まだ生きてる者がおったか)
僧侶は驚きつつもそこを凝視する。
なぜなら、先程から生きた人の気配など微塵も感じていなかったからだ。
屍の中からゆらりと立ち上がる一人の武士。
「無駄なことはやめろ…」
武士は、頭をたれたままそう呟く。
「…無駄なこととな?」
僧侶が驚きつつも、そう聞き返す。
「あぁ、無駄なことだ…生き返るわけでもあるまい」
「そなたの仲間もおるじゃろう。決して無駄なことではないぞ。それに、そなたが生きておるのも、この者らの犠牲があったからじゃ。弔いの言葉をかけてやっても、感謝される事こそあれ、恨まれるようなことはないはずじゃ」
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