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僧侶は諭すように武士にそう話すと、また経を唱えはじめる。
「この世の中、死んじまったらおしまいだ…死んで何になる?あの世とやらでは幸せに暮らせるっていうのか…それなら何故この世に生まれた?あたまっからあの世に生まれれば済む話じゃねぇか…」
武士は相変わらず頭をたれたまま、そう僧侶に問う。
「…ふむ。そなたの言うことももっともじゃ。だがな、仏の教えには救いと輪廻転生…つまり、生まれ変わると云う教えがあってじゃな…生まれるのはこの世にのみじゃ。この世で前世からの徳を新たに積み、そしてまたあの世…極楽へ行くための行を積み重ねるのじゃ…」
「…りんね…?何言ってんだ?生まれ変わってどうなる…?そんなもんが何になる…?己あるのみじゃねぇか…全く違う人生に生まれ変わってどうするってんだ…」
いつしか武士は僧侶と目を合わせていた。だが眼光に力はなく、。
僧侶は改めて武士を見つめた。
身の丈は6尺を超えるくらい、あちらこちらに刀傷のある、あまり上等でない鎧を付けている。額に傷でも負ったのであろう、その力のない目の間を通り、口元で別れて行く乾いた血の跡があった。
足軽の一兵か、所詮この者の大将にとっては捨て駒の一人であったのだろう。
「時代か…」
武士がそう呟く。
「確かにそうかも知れん…。殿が戦の前に言っていた。『この戦で勝つことが出来れば、天下泰平の世を造ることが出来る』と…。その通り殿は勝った。これから先に生まれて来る奴は、戦う事を知らずに己の生を生きるのかもな…」
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