序章

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 早苗さんの流麗な曲線を描く眉が少し困ったようなニュアンスを醸し出している。かなえが傘を差して歩くには時既に遅く、申し出た当人もそれがわかっている故に自分でも戸惑っているようだ。 「いいよ。もう雨から逃げるのはやめたから」  破れかぶれのかなえが発したその言葉に、早苗さんは驚いたように眼を見開いた。しばし沈黙が降りる。 「そうか。確かに僕たちは逃げてばかりだからいけないのかもしれない」  それはかなえに言ったのでは無く、自分自身に言い聞かせるような響きを持っていた。  唐突に、黒い川のように背中を流れていた髪が、かなえの目の前で鞭のようにしなやかに靡いた。早苗さんが傘を投げ出し、ターンをしたのだ。傘が水溜まりに墜落するのと同時に、早苗さんは振り向いてこう言った。 「僕たちは常識に囚われていたんだ。嬉しいよ、かなえ。僕に気付かせてくれて、ありがとう」 「え? どういう意味……」
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