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襟子さんは高校生なのだけれども、一日五千円で僕のコイビトをしてくれている。
「ふぅむ」
いま、襟子さんは僕のベッドに寝転んで僕のキャンパスノートをぱらぱらとめくっている。
なんだか難しい顔をしている。
眉間に薄くあらわれた皺さえも、美しいと感じてしまう僕は重傷なのだろうか。
「今どきの小学生は、難しいことを勉強するのね」
襟子さんはノートを乱暴に僕に投げつけて、長い手足をわさわさと揺らした。
「そうでもないよ」
僕は遠慮がちに否定した。
「小六の算数なんて、これから習う中学の数学に比べたらお遊びみたいなものさ」
「なんでそんなことがわかるのよ。アンタまだ小学生じゃない」
「わかるよ。塾で習っているもの」
ジュク…、襟子さんは忌々しげに呟いた。
襟子さんはとても貧乏なので、塾なんかには縁がなかったのだ。
僕の心はたちまち罪悪感で満たされた。
たとえ悪気がなくっても、コイビトを傷つけることは物を盗むことと同じくらいイケナイのだと、パパに聞いたことがある。
(そのパパが、ママをぼろぼろに傷つけて家から追い出してしまったのだから、僕は一時期すっかり混乱してしまったのだけれど)
「ごめんね、襟子さん…」
「は?なんで謝るの?」
襟子さんはベッドの上に起き上がって胡坐をかいた。
「なんとなく…」
「ふぅん。じゃあ土下座してよ」
「え…?」
「聞こえなかったの?ど、げ、ざ」
襟子さんは、時々突拍子もないことを言いだす。
「あの、どうして?」
「どうせ謝るなら、本格的にやってほしいのよ。中途半端なのって嫌いなの」
「…襟子さんのそういう変なところで完璧主義な性格、大好きだけど、そんなことで人間の尊厳を踏みにじられるのはちょっと…」
「なによ。口答えすんの?それでも私のコイビト?」
襟子さんは語気を荒げ、僕の枕をひっつかんだ。
戦闘態勢だ。
「僕は襟子さんのコイビトだけれど、コイビトだからという理由で土下座をするのはおかしいと思うんだ。確かにさっき僕は謝ったけれど、その理由を襟子さんだって分かってなかったじゃないか」
「小学生のくせに理屈っぽいんだから!年上に逆らうな!シネ!」
枕が僕の顔面めがけて飛んできた。
僕はあまり運動神経がよろしくないので、僅かに避け損ねて眼鏡を叩き落とされてしまった。
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