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襟子さんのヒステリーが落ち着く気配がないので、僕は仕方なくキャスター付きの椅子から降りて、床に正座した。
「じゃあ、するよ」
襟子さんはなにも言わない。
僕はテレビのドラマでしかみたことのない「土下座」というものを実演してみせた。
そこに謝罪の気持ちはまったくない。
ただ、襟子さんの気持ちを宥めるためだけに、形式的に土下座した。
フローリングに額を押しつけると、ひやりとした無機質な硬さを感じ、形式とはいえ悲しくなった。
「…これでいい?」
少し頭をもたげると、目の前で襟子さんが仁王立ちしていて、危うくセーラー服のプリーツスカートの中からパンツが見えそうになった。
「誰があげていいって言ったのよ?」
上から襟子さんの意地悪な声がして、僕は慌てて頭を下げた。
こうなった時の襟子さんはとことん残酷な仕打ちを僕に強いる。
「六時までそのままでいなさいよね」
額を床にひっつけたままパパに買ってもらった腕時計を見ると、時刻は四時を少しまわったところだった。
「あの…二時間もこのままでいろと?」
「三時間でも四時間でもいいわよ?六時になったら修司さんが帰ってきちゃうけどね」
修司、とは僕のパパの名前だ。
パパは襟子さんの叔父にあたるのだけれど、襟子さんはオジサン、じゃなくて修司さん、と呼んでいる。
でも、パパは年の割にとっても若く見えるので、オジサンって感じでもないし、僕はそれでいいと思うのだ。
「ねぇ睛。あんたさぁ、私がウザくないの?」
僕を土下座させたまま、ベッドに寝転んで携帯をいじっていた襟子ちゃんが不意に言った。
「うざったくないよ。アイシテルからね」
「ふぅん……馬鹿みたい」
「馬鹿って、なにが?」
「アイシテル、とか」
「馬鹿みたいじゃないよ。人が人を愛するということは遺伝子に組み込まれた本能行動なんだ」
「ホンノー、ねえ?」
「そうだよ。子孫を残すという生物としての使命を果たす為に組み込まれた高尚な感情だ。
僕がもう少し大きくなったら、襟子ちゃんに僕の子供を産んでもらわないといけない」
「あんた、もうそんなこと考えてんの?子供を産むって、どういうことかわかってるの?」
「わかってるよ。二人でせっ……」
「うわぁあああああああああああ!いい!言うな!」
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