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我々は、困り果てていた。
それというのも、デッサン大会のモデルが逃げ出したからだ。
デッサン大会というのは、我々藤島高校美術部伝統の部内デッサンコンテストのことであり、半年に一度、部員全員で競うのだ。
無論、最優秀賞を獲得した者には賞状と景品が授与される。
皆、栄誉と名声、そして景品を我が物にするため、死に物狂いでカンバスに描きこむ。
「むむむぅ、これは非常事態でありますぞ部長殿!」
「取り乱すでないぞ、木島くん。誇り高き藤島美術部の副部長がみっともない」
「し、しかしながら…。その誇りも、成り行きしだいではぼろぼろに崩れ落ちてしまうでござるよ!藤美始まって以来の不祥事でござるからに!」
「く…っ。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった…!警備班は何をしていたのだ!?」
「報告によると、モデルがトイレに行きたいと申し出たため外で待機していたところ、一時間経っても出てこないので不審に思った部員が通りすがりの女生徒に頼み千円を払って様子を見てきてもらったらしいのですが…」
「一時間も待ったのか!?その時点でおかしい!ていうか様子見だけで千円も払ったうちの部員はどういう神経をしている!?」
「はぁ…そこはボクも責めたいところではありましたが、我が部の部員は基本的に女性に免疫のない子羊ちゃんですので致し方ないかと…」
「そ…それもそうだな。買収も仕方ない…な…。それで、荻野はどうやって外に?」
「はい、トイレの小窓が開いていて…」
「ははぁ…そこから脱走か」
「ふえぇ…申し訳ないです。二階だったので油断してしまいましたです…。今日はOBの先輩方も見学に来られるというのにモデル不在では…」
「いや、君が謝ることは無い…」
私は途方に暮れて、部室の窓から外を見た。
夏の日差しに照らされた桜の青葉がそよぎ、埃っぽい部屋に涼しい影を落としている。
「荻野襟子……君はどこまでも私を拒絶するのだな……」
私は拳をきつく握り締め、ねばついた劣情を振り切らんがために自分の頬に叩きつけた。
私の拳は私の頬に容赦ない勢いでめり込んだ。
拳も、頬も、ひどく痛んだが、いくらか頭がすっきりしたようだった。
後ろから副部長の木島が心配そうに覗きこんでくる。
「部長殿!ご乱心か!」
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