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ざく、ざく、と足音をさせながら。一歩ずつ山道を歩いていく。
獣道とまでは言わないが、草などが増えてかなり歩きにくくなっている。
目に見えて解る明らかな変化に少しばかり眉を寄せて、だが歩みを止めることはない。
ざく、ざく、ざく。
耳に届くは己の足音と呼吸音。世界は静謐の中にあり、其処に音もなくはらはらと雪が舞っている。
そんな中を行く自分は、この静かな世界を無遠慮にかき乱す存在なのかも知れない。
しかし、それがなんだと思う。――否、寧ろどちらかと言うと、故意にそれを願っている処があった。
世界を、壊す。……彼が諦めて受け入れた、静かに滅びに向かう清廉な世界を叩き壊したいと、願っているのだ。
ただ自分の、諦め切れない思いだけを理由に。
ざく。
辿り着いた其処を見詰め、足を止める。同時に止まった足音。
だけど此処まで続いたその音に、彼が気付いていないわけもない。ない、と思うが。
周囲を確認しながら、ゆっくりと社の裏手に廻る。
其処で再び、足が止まった。
「…………」
視線の先、張り出した板張りの廊下に姿勢よく腰を下ろし、宙を見詰める蛟の姿。
何処を見ているのか、……何かを見ているのかいないのか。
それすら解らない程に凝然としている。
「蛟」
だからこそ、その止まった刻を壊すように――動かすように、堂々と声を掛けた。
蛟は一度だけ瞬きし、それからゆるりとこちらを向いて。
「イッポンダタラか。……久し振りだな」
夢から醒めたといった風でもなく。何事もなかったように、そう口にした。
「そうだな、久し振りだ。……悪かったな。暫く手が空かなくて、来られなかった」
がりがりと頭をかきながら謝罪と共に言うが、蛟は表情一つ変えなかった。
「いや、別に」
元々それ程表情が変わる方ではないし、喜怒哀楽の幅も大きくはない。が、それにしても此処最近、イッポンダタラが見る限りにおいて、彼の感情の起伏の少なさは酷く気になるものだった。
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