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「いや…手渡した時からあれは君のものだ。君がどうしようと私は構わないが」
言って、手の中の刀を軽く掲げる。
「それで、どうしてこれなんだろうか」
蛟の鱗と共に鍛えられた刀。力の弱い妖かしなら近付くことすら出来ないだろう程の神気が籠った刀。
「言ったろう。お前に、と思ったんだ」
それ以外の思惑は、なかった。
出会ってから今までの間に、蛟は変わった。……いや、変わったのは彼当人ではなく、世の中の方だ。
そうしてそれにつれて、蛟も、この社も、彼が守る美しい水も、目に見えて力衰えていた。
仕方のないことだ、と蛟は言う。
そういう運命なのだろうと、穏やかに静かな微笑を浮かべて言う。
だが、イッポンダタラはそれがいやだったのだ。
蛟自身が受け入れている、静かに終息に向かう運命を、イッポンダタラは受け入れたくなかったのだ。
だが、その為に自分に出来ることは何なのか。
ただいやだと幼い子供の我儘のような言葉が何かを生み出すわけもなく、何かを変えることもない。
ならば自分に出来ることはと考えた時、イッポンダタラに出来るのは、刀を打つことだけだった。
蛟を思い、蛟の為だけに、蛟を守る刀を。
だが、イッポンダタラにはおよそただ人としての力しかない。だから、……蛟の鱗に力を借りた。
「お前を守る刀を鍛えるのに、お前の力を借りるしかなかった。恥ずべきことだと思う。だが」
それでも。
「それでも、お前にと思ったのは本当のことなんだ」
ただただ、それだけ。
蛟のことだけを思って鍛えた刀。
生に対する執着もないのかもしれない蛟を繋ぎ止める為の、それは枷かも知れない。
執着しているのは寧ろイッポンダタラの方なのだと如実に示すものだった。
すまない、ともう一度頭を下げた、そんなイッポンダタラを見詰めて。
そして手の中の刀を鞘から抜いた。
銀色の刃は、今まで蛟が目にしたどんなものよりも、美しかった。
……きっと、それはイッポンダタラの心の色だ。
刀を鞘に戻し、未だに頭を下げ続けている男に、蛟はふわりと口元を綻ばせた。
それはひどく温かみのある、……随分と久しぶりの、人間臭い表情だった。
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