キラーチューン(颯×サトリ)

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 本番直前。同居部屋のセット裏の赤いドアの前に立った颯君は、生成りの優しい色した浴衣を着てた。 俺も自分が出入りする青いドアの前に立って。隣を見ながら。 「似合うね」 って声かけたら。 「え?――俺?」 なんて、自分の顔指差しながら、どうしてそんなにびっくりした顔するんだ? 「うん。――その浴衣。色も柄も、すごく颯君に合ってる」 俺は素直に感想を言ったのに。今度はそんなに激しく否定するかってくらいぶんぶんと顔の前で手を振って、 「いやいや…相変わらず肩落ちてるし。――自信持てないんだよなぁ」 って、右手で左肩を抓み上げる仕草。 「和服はなで肩の人のほうが良い、って言うだろ?」 「そうかなぁ。俺なんかより…」 って向けられて絡んだ視線が少し熱っぽい気がするのは、気のせいか? 「サトリ君のほうが、その紺色、ずっと着こなせてると思うよ?」 「アリガト…」 嬉しいけどちょっと恥ずかしくて。視線を外すように、襟に挿してた扇子を広げて前に翳して煽ぐ。 「何かそうすると益々、『お師匠さま』って感じだよ?」 俺は浴衣で肌に直に着てるけど。サトリ君のって襦袢着てから縮の着物を重ねてるでしょ?何か、カジュアルとフォーマル、ってかなり差がついてる気がするよね。 俺はやっぱりサトリ君の弟子くらいで丁度いい、なんて笑ってる。 ――何か今なら、何時も通りに話せる気がして。 「なぁ颯君…――」 「なあに?」 「こん…『小野さん飛鳥井さん、本番宜しくお願いしまーす』――宜しくお願いしまーす」 思い切って言おうとしたところにスタッフの呼びかけが被って、反射のように颯君と一緒に返事するしかない。 本番直前に言うのが間違ってたな。ってちょっと反省。 後できちんと話そう、って思いながら。俺は目の前の青いドアを開けた。
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