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「赤ちゃん抱きます?」
志織に言葉を掛けようと口を開きかけた瞬間、元気のいい看護婦の声が後ろから聞こえた。
「えっ?」
振り向くと彼女は満面の笑顔で俺を見上げていた。
その腕の中には、タオルにくるまれた小さな赤ん坊がいた。
「…えっ?」
突然の事に動揺しながらも、赤ん坊から視線が外せない。
さっきまで泣いていたのが嘘のように、目も口も硬く閉じられた赤い小さな顔の横に、小さな握りこぶしが見える。
「抱いてあげて。」
叫んだせいか、志織の声はいつもより掠れていた。
美月のハスキーボイスを思い出す。
「…抱いてあげて。」
二度目の声に背中を押され、俺の体が勝手に動いた。
緊張する俺の両手にそっと乗せられた小さな命。
不意に、美月が逝った時の事を思い出した。
消えゆく美月の命を抱いたこの手の記憶が、生まれたばかりの命に書き換えられていく。
そして、さっき聞いたお義母さんの言葉がストンと胸に落ちた。
『何もかもを受け入れ、何もかもを許す。
その先に道はあるものよ。』
俺は潰さない様に赤ん坊を抱きしめ、志織のそばに立った。
「志織、…ありがとう。」
「…ううん。」
俺は志織の腕に赤ん坊をそっと渡し、赤ん坊を抱いた志織を一歩下がって見つめた。
これから俺が守っていく2人を…
後産の処置が行なわれるため、俺は白衣と帽子とマスクを取って廊下に出た。
両親達は志織が病室に移るまで少し時間が有るからと、既に外に食事を取りに出かけていた。
窓辺に近づき、月を見上げた。
美月、
さっきの声、君だったよね。
美月、
ありがとう。
空に浮かぶ満月は、柔らかな光で俺を照らした。
いつまでも…
いつまでも…
ーENDー
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